熟年離婚を画策する人へ

2018年8月4日

熟年離婚。一頃、話題になりました。
団塊の世代が、定年を迎えた辺りだったでしょうか。
定年して、退職金が出たタイミングで、離婚を切り出す。
妻から夫へ、というパターンが多いでしょうか。
あと、年金分割制度が確立されたのも理由にありそうです。

これまで、我慢して来た事を、一気に吐き出し、
退職金、年金を折半して、悠々自適に過ごしたい、
そんな妻が急増したという話でした。

介護なんて以ての外。

一緒の墓に入りたくないと、
今から、別の埋葬を子どもに頼んでいるという話も聞きます。

そこまで、一緒に居たくないという気持ちというのは、なんでしょうね。

団塊の世代までは、家庭を顧みず、働いていた夫。
稼ぎは充分あったでしょうが、家や子育ては当然のように妻がやる。

復讐を企てているようです。

つまり、これまでは、仕事で顔を見る事も少なかった。
でも、これからは毎日顔を合わせる。
どころか、介護や、死ぬまで面倒を見るなんて想像したくない!
という事なんですね。
定年になった夫は、価値がないと言わんばかりです。

逆に、妻の、ヒステリックな所がもう我慢できない、といった部分が、熟年離婚に繋がるケースもあります。

毎日、文句いわれて、これからは顔を合わせるたびに文句か…
と思うと、自由になりたい気持ちも分かります。

あとは、孤独感。
歳を取ると、これまで感じなかった身体の不調などで、不安を感じ始めます。
また、これまで、仕事以外に人間関係、交流を、築いてこなかった方は、余計に孤独感を感じることになるでしょう。

仕事での地位は、すでに効力はないのです。

仕事という、ある意味保証された、壁の中だけで生きてきた人は、
外の意外な冷たさに震えます。
急に孤独を感じるわけです。

そこで、妻の存在を確認して、
今度は妻にベッタリになります。

本来、自分らしく生きていく人を、人は好きになりますから、
そこで、この人ってこんな人だった?と言って、幻滅することも多いのです。

他にコミュニティを持っていた方がその人にとっても幸せだった訳です。

もしかすると、そのコミュニティに入り浸って、現役時代は家にいなかった人ほど、定年後は歓迎されるかも知れません。

何度も言っていますが、夫婦は他人なのです。

定年になりました、子どもみたいに甘えられました、では、鬱陶しがられるのもやむなしです。
これまで、甘えてこなかった、逆に、俺が食わせてやってるんだ、という考えだった人ほど、逆襲されます。

金銭面でいうと、男性には、メリットはあまりなさそうです。

女性も、離婚してからの月々の収入は少ないため、経済的に困窮することが考えられます。

金銭面で離婚を決断するということは、妻はこれまで、自分の為に充分に使う事が出来てこなかった、という不足感、
あるいは、これまで、夫は存在感を消して、お金だけもたらして来ただけだった為に、
そんな不満感が、夫より、お金、という選択を取らせます。

離婚でなくても、突然、相手が倒れる、ということはあります。
貯蓄はしておかれた方が良いですが、備蓄はありますか?

いずれにしても、熟年離婚は、長い結婚生活での、思いのズレが、全く修復されてこなかった故に、起こるのです。

今、まだ現役世代で、ゆくゆくは離婚したい、という方。

きっと、その決意は揺るがないと思います。

一度、その気持ちを、相手に言ってみるとどうでしょう。

経済的なことはともかく、
ゆくゆくは、というのなら、
今にでも離婚したいという意思を持っているということです。

定年まで、このまま、待つつもりですか?
それまで、心を冷やしたままで、不満だらけで生きるのですか?

それは、時間が勿体ない気がしますが、いかがでしょうか。

取るものを取らねば、という気持ちは分かります。退職金を貰う前に別れてしまったら、自分への分け前はありませんものね。

でも、人生まで、夫の稼ぎ中心に任せるのはどうなの?とも思うのです。

一人だけの時間を手に入れたいというのなら、すぐにでも離れられるのをお勧めします。

なぜなら、あなたは、自由なのですから。

もしかすると、これまで、夫が家を空けていた事に満足していたのでは?
いないことで、伸び伸びしていたのでは?

それが壊されるなら、自分から壊してしまおう、と考えているとも言えます。

でも、それは、自分の生き方を、相手の在り方に任せていたと言うようなものです。
そして、これまで、それで我慢して来たように見えて、実は、その状態に甘んじていたとも言えるのです。

自分の人生は、自分で決めていると言えると思います。

我慢している夫婦生活も、自分が作っているもの、と言うと、そんなことない、と言われるでしょうか。

本当の胸のうちは、違うのかも知れません。

口に出していうことで、何かが変わるかもしれません。
それを、恐れてはいませんか?

なぜ、恐れるのかを考えれば、
実は、夫婦という間柄を壊したくない自分に出会うかも知れませんし、

自分は自由になりたいんだ、という揺るがない自分に出会えるかも知れません。

一度、想像してみて下さい。