浮気は、双方が傷ついている。

2018年8月4日

 

上手くいっていると信じていた二人。

浮気が発覚した時の、あの暗澹たる思いは、

心をどこまでも消耗させます。

 

相手が浮気をしていると分かった時。

自分の浮気がバレた時。

どちらも、平常の心ではいられないでしょう。

 

された方は、相手を責めることが多く、また、証拠をどこまでも突き止めて、

挙句に訴訟まで起こし、金銭面でも、精神面でも、追い詰めたりします。

 

バレた方は、自分を守ることに終始し、シラを通したり、

開き直って、別れる、と堂々と言い放ったりします。

 

タイトルを見て、どう考えても、された方が傷ついているのでは?

と思われた方は多いでしょう。

 

実際にその最中にいらっしゃる方は、もしかすると、

自分に魅力がないから、他の人に奪われたのだと、自らを貶める思いをなさっていらっしゃるかもしれません。

 

浮気をしていらっしゃる方を擁護するわけではないですが、

浮気をする側の人間も、傷ついていて、

それを覆い隠すように、浮気という行為に及ぶと言ったら、どう思われるでしょうか。

 

浮気の問題は、浮気の前から始まっています。

された側は、知らないうちにそうされていたと思いがちですが、

二人がその前から、傷付け合っていたことに目を向ける必要があるでしょう。

 

筆者も、夫の浮気で悩んだ一人です。

妊娠を機に、他の女性と付き合いを始めたのですから、

モラル的にも、その行動はどうかと思う向きもあるでしょうし、

出産を経験した女性には、とても許せる行為ではありません。

 

でも、夫には、夫なりの寂しさがあったと思わざるを得ません。

 

私は、妊娠は、つわりで分かりました。

自分にとってのつわりは、

ドラマであるような、吐き気が起きて気付く、というものではなく、

胃の調子が悪いということで始まりました。

 

私は、つわりが酷く、妊娠悪阻(つわりの酷い状態)で水もお茶も受け付けなくなり、

脱水症状の恐れで二度入院しました。

家事がとても出来る状態ではないことから、実家で、ある程度落ち着くまで過ごしました。

妊娠は、病気ではありませんが、自分たちでは、どうしようもないことが多いものです。

まさか、寝てばかりいる事しか出来なくなるとは、

自分も思いもしませんでした。

 

その間、一人になった夫。

結婚して、半年での妊娠と、自分の、妊娠に対しての体の過剰反応は、

夫の寂しさを助長させるには十分な理由でした。

 

それをこらえるのが夫の役目だろう、と、言ってしまうのは簡単ですが、

その思いを抱えさせてしまった、ということが自分の問題だったと、今でも思っています。

自分を擁護するなら、

悪阻が始まって、妊娠が分かり、仕事も、家事も、何も出来なくなり、

喜ばしいというよりも、自分の容体を苦にする思いが強かったということ、

夫の気持ちまで気持ちが回らなかったという事で、

それを夫に理解して欲しいという気持ちが大きくなっていました。

 

しかし、夫には甘えていました。

言わなくとも分かってくれる、との甘え。

自分の言葉で、理解して欲しい、という甘えではありませんでした。

それが、夫には、信頼されている、甘えられていると思えなかったようです。

それが、自尊心を傷つけた。

 

その時点で、亀裂が生まれていたと考えるべきです。

お互いに、理解して当たり前。

つい、そう思いがちではないでしょうか。

そこに、浮気問題の根があります。

 

浮気に至るには、その前に、ステディに愛想をつかすというプロセスがあります。

うまくいっている二人の間には、他の人間が付け入る隙はないでしょう。

最初はそこまでと思わなかった小さな傷。

それを、お互いに癒し合わなければ、傷はどんどん広がっていきます。

その延長線上に浮気問題があるとすれば。

思い当たる節のある方も多いと思われます。

 

自分に傷を持つということは、自分に自信を持てなくなったという事です。

自信がある人間なら、傷付けて来る言動に惑わされたりしません。

むしろ、それを、傷つけてくる言動だと思いもしません。

 

でも。

疲れていたり、仕事でうまくいかなかったり、

自分のように、家族が通常の状態でなくなったり。

それは、自分の自信を失わせます。

 

夫も、その頃、自信を失っていたのでしょう。

仕事のことか、もしかすると、私に、何も施せなかったことか。

それを、私のせいにして、浮気を繰り返しました。

 

私も、何も出来ないでいる自分を、心の中で責めていました。

つわりがここまで酷い人を見たことがなかったので、

自分は、妊娠に向いていない体なのではないかという思い。

浮気されても、

私が、妻としての役目を果たさなかったせい、

女としては、もう、魅力がなくなったという思い。

 

子どもが出来るという事を前向きに捉えられるどころか、

自己の自信を失わせる事柄と捉えるようになりました。

 

帝王切開の末、出産。

夫は、子どもの事は可愛がってくれましたが、

母親の役目を果たすのが精一杯で、

女としての魅力を、自分が持ち続けられず、

私を女としては、もう見てもらえませんでした。

 

私も、母としての立場に甘えていた訳です。

女としての自分を、取り戻せませんでした。

 

そして、お互いが、お互いを、否定する、

そんな悲しい夫婦になりました。

悲しい思いを、いつしか幸せに繋げたい、

そんな方に伝えたいのです

自分をまず大切にして欲しいと。

まず、そこから始めましょう。