歳を取っても取らなくても

2018年8月4日

やりたい事を叶えるのに、歳は関係ないのだな、と、筆者は富に思うようになりました。

要は、好きなことをしていいと、そんな自分を許せるか、ということなのです。

特に、家庭を持ち、子どももいて、という方ですと、無駄遣いしないで子どもを育て、

まして、独立なんて、離婚なんて、と、安定を第一にします。

それは、それで、とてもいい事ですよね。
それで満足出来れば、ですが。

でも、子どもの手が離れた時、
定年を迎えた時、
その安定が崩れた時、

体の調子が崩れた時、家族を亡くした時。

自分は大いに迷います。
自分の生き方は、これで良かったのか、と。

無理をしてきたのではないか、と。

80を過ぎるお年になって、身体が上手く動かせないようになって、
自分の人生、これで良かったのか、と、後悔するのは辛いと思うのです。

変な話ですが、それがつらくて、認知症など、老人性精神疾患になってしまうのではないかと思ってしまうのです。

自分がしたくて出来なかったことに対する追慕もあるかもしれません。

忘れるというのは、困った事であり、便利な事。

不都合なことは忘れてもいいんです。

よく、子どもの頃の事はよく覚えているのに、最近の事は覚えていない、なんて事になりますが、

辛い事は忘れたい、という気持ちがそうさせるのかも知れません。

でも、歳を取っても、辛くない自分でいたいと思いませんか?いつまでも、朗らかでいたいと思いませんか?

笑って、朗らかでいる自分。
想像してみてください。

よく、歳をとると、顔に出る、といいますが、これば本当で、
怒ってばかりの方は、やはり怖い顔になっていくようです。

恨みつらみばかりの人は、人を陥れようとする顔に見られているかもしれません。

それは、自分の本意でしょうか?

妻や、夫、子どもから避けられて、それで孤独に生きていくことを選んでしまったのでしょうか。

恐らく違うと思います。

きっと、本当は仲良くやりたいのに、強面の自分を選んでしまったのは何故でしょうね?

素直な物言いが出来なかったがために、
自分に自由を許さなかったが故に、
いつしか自分の怒りにがんじがらめになって、
それで文句ばかり言うようになった。

思うようにいかない人生だった、
それを、許せない自分がいた。
でも、自分を責めるのは辛すぎるので、
人のせいばかりにしていた。

しかし、それを繰り返すばかりのこれまでの人生で、人が離れて行った。

そんな人も多いでしょう。

文句を言ってこない相手を選んでは、言いたいことを言い、
本当に言いたい相手には黙って耐えていた、
そんな人生を歩んで来てしまった。

そして、それが自分の人生だと思い込んでしまった。

強面でいたのに、今から、違う人間にはなれない、という方もいらっしゃるかもしれません。

柔和な性格なんて、今更なれないと。

違う人間になるとは、本当の自分になる事。
それは、これまで甲羅で包んで来た自分を見せるようで、恥ずかしくて仕方ないのですね。

もし、離婚を余儀なくされた、
そういう流れになった、というのなら、
本当の自分を見せられる人に、今からなってもいいんじゃないでしょうか。

家族の中で、父、母として、威厳のある姿を見せて来た人も、

離婚を機に、素の自分を取り戻す、
そんな事を思ってもいいのではないでしょうか。

まず、やりたいと思った、小さい事を試してみる事。

買いたかった物を買い、やりたかった趣味に身を投じる。

子どもが居ることで我慢してきたことを、自分に許すのです。

そういうシチュエーションに来たところなんです。

難しい、と思う時こそ、チャンスが到来したと思えるようになれるといいですね。

離れるも、一緒に居るのも自由と思えること。

幸せを第一に考えられること。

うまく、転機と捉える事ができれば、
離婚も、意義あるものになると思います。

そして、それは、
歳を取っても、取らなくても、
今すぐ、出来ることなのです。

いつのまにか、自分に禁止して来た事をやってみる。

勇気は要るかも知れませんが、わだかまりが流れた気分になるでしょう。

自分がやらないといけないと思っていた事、
他の人に任せてみたらどうでしょう。

その人も喜んで引き受けてくれたら、
心が少し楽になったりするかも知れません。

同じ歳を取るなら、重い殻は脱いで行った方が良さそうです。

あるいは、これまで、自分には、感謝すべき事柄が揃っていたと感じられるかも知れません。

それを、受け止められず、不安と不満で暮らして来た事に、気がつけるかも知れないのです。

これまでの家族への感謝、
仕事を、家事をこなしてこれた事への感謝、
子ども達がいてくれた事への感謝、

幸せを受け止められなかった自分に気がつくかも知れません。
でも、それに気がつかず、人生を終えてしまうよりは、絶対に気付きがある方がいいと思います。

普段、気がつかない事に気が付ける、
それに感謝する事が出来る、

それが、離婚だった。
それでもいいのかも知れません。