寂しい?寂しくない?

2018年8月4日

人間、歳を取って、老いていくのは誰でも同じです。
また、身体の調子が思わしくなくなり、何をするにも、これまでのようにはいかなくなったり。

つい、若い頃は良かった、と愚痴を言ってしまうのもしばしば。

その時点で、老い先を案じ、心が荒んでしまったり、寂しさに涙をこぼしたり。

でも、いつも、笑顔で、元気に暮らしていらっしゃるご高齢の方もいらっしゃる。
自分もそうなりたいと思いながらつい…という感じでしょうか。

筆者も、人生の中間地点を過ぎ、
出来ること、出来ないこと、色々考えるようになりました。

若いうちに出来ることは、娘がやればいいと思っています。

でも、自分も、まだやりたい事がたくさんあります。この歳になって、若いこととは違う考え方、前向きな考え方が出来るようになった部分も多くなり、まだまだ、チャレンジ出来ることはたくさんあるなと思ったりします。

まだまだ、自分はこれでは完成されていない、と思った方が、これからの時間を有意義に使えるように思えます。

職人の方など、50、60歳なんてまだまだ子どもみたいなものと言われますし、

その勉強の意欲というのは、素晴らしいなと思うのです。

もちろん、女性では、子育てが終わって、もう孫の世話をしている同級生もいますし、
まだまだ、子どもが小さい同年代も居ますし、
一緒にいると疲れるといいながら、
やっぱり嬉しそうです。

寂しい老後になるかどうかは、
人との関わり方に繋がるのでしょうか。

孤独死のニュースなど、
自分で、何もかもを背負って生きていった方の、最期というのは考えさせられます。

一人を選びたくて選んだわけではないのに、そうなってしまうことはいくらでもあります。

離婚に関わらず、
どちらかが先に逝けば、
寂しい思いをするのは必然です。

子どもが老後の面倒を見てくれる時代は終わりました。今の若者に、それだけの余裕はないのです。

公的な福祉施設に入るというサービスもありますが、入ってしまうと、
もう、寂しいを通り越して、
自分はいなくなっても良いのではないか、と思う方もいらっしゃるようです。

悠々自適と思われる生活をしていらしても、
その変化のない生活から、寂しいと思うようになる可能性もあります。

やはり、自分はどう生きたいのか、
常に考えていく事が大切なのでしょうね。

現代は人と話さなくても、
ITの発達で、人工知能を備えたロボットが普通に見られるようになりました。
それを友人、もしくは伴侶とまで出来るようになるかはともかく、

人との関わりが面倒という人でも、
話し相手にはなってくれそうな、そんな時代は来ています。

身体が思うようにならないのなら、
何かに頼っていくことになります。

もう、それは、対、人間ではないのかも知れません。

寂しいと思う暇もなく、世話を焼いてくれるロボットも、居てくれるようになるかもしれません。

逆に、人に向かって寂しい、と、簡単に言えない時代になって来るのかもしれません。

頼って生きること

自分の生き方を、考えると言いましたが、
誰かに頼る、助けてもらう人生だっていいのです。

これまで、人に頼り、頼られ生きて来たということを、改めて感謝し、受け止めるという心の作業が必要かも知れません。

年齢に関わらず、一人で、すべてを背負うのは、難しい生き方です。

独身で自分一人で生きてきた、と思って来た方も、有償無償のおかげを頂いて生きてきたはずです。

コンビニでお弁当を買えるのも、製造、流通の上に成り立っているわけです。

当たり前を、当たり前でないと感じてこなかった方には、それを想像して自分に落とし込むのは、意外に難しい作業です。

分かっていても、ありがとうが言えない人もいらっしゃいますからね。

今からでも、すべてのものに感謝して、むしろ、手助けを積極的に求める生き方の方が、良いのではないでしょうか。

子どもの世話にはならない!と思っている方も、
そのうち、自分だけでやっていくのは困難だと想像しているでしょう。

子どもと、音信不通になってしまっているご両親も多いかも知れません。

ほとんど、話をしない、会うこともない、という方も。

お互い、遠ざけてしまったのは何故でしょう?

熟年離婚として、夫婦の別離の話をしておりますが、
夫婦は別れても、子どもとの縁は断たなくてもいいはずです。

味方をつけておく、友人、知人でもいいですが、
すぐに話が出来る人を、若いうちから作っておくことです。

女性は、それが容易い場合が多いのですが、
男性は、仕事での付き合い以外に、友人がいない、という人も多いと聞きます。

妻は、友人と遊びに行くのに、
夫は、一人で家にいる生活だった。
妻がいなくて、気が楽だと言いながら。

でも、妻がいないと、自分の服や下着もどこにあるか分からない、

自分一人で何かコンビニで買ってくる他に、食事を取る術がない。

離婚したら、まるで自分の事ができない、ということになっていそうです。

感謝するというのは、自分が下になることではありません。

ありがとうを言うことで、対等であること。

助け、助けられるという関係、まず見直して見ることが必要なのではないでしょうか。